「いつやるの?まだでしょ!」選択肢があっても今は決め時じゃないって時はどうする?

玄子(げんし)です。

人生は選択の連続、とか選択によって今の自分がいるって言われますが
常に即決、即断できることだけじゃないですよね?

食べたい、、、けど太る?でも、食べたい、、、食べたら幸せ〜♪ど〜しよ〜?

決められないのは優柔不断だからじゃない!

選択肢がいくつかあって、どっちにしようか決められないのは
優柔不断だから、ではありません。

何が、どっちがより良いのか、
どっちが自分に合っているのかを決める
判断基準がないから、決められないのです。

 

なので優柔不断な性格だから決められない、と諦めて
自分の気持ちや価値観に合っているかどうか解らない答えを
人の意見に合わせて選んでしまうと

「やっぱり違うかも」
「本当は違うかも」

元の木阿弥。
やっぱり同じ事で悩んでしまいます。

自分の本質に関わることほど、人に聞いてはいけない

そもそも、ど〜なの?
そもそも、何をやりたいの?
そもそも、大事なものは何なの?

AかBか迷ったら、自分にとって何が大事なのか
自分で考えなければなりません。

じゃないと、自分の本質に関わることほど
人の意見に左右されていては後悔してしまいます。

 

なぜなら
自分の本質に関わることは人に教えて貰えない。
人に聞くべきものではないのです。

そしてまた、大事なことほど決断に時間がかかるもの。

いつやるの?まだでしょ!

何が自分に合っているのか、価値があるのか
大事なことなのか解らない、、、

そんな時は自分にとって【本当のこと】は何か?を
自分にとって納得の出来る答えを自分で探し出さなければなりません。

問題から一度離れ、自分の本質と向き合う時は
今すぐに決めない!選ばない!って決断することも必要です。

 

隠居生活をしながら『その時』を待っていた孔明先生

三顧の礼を尽くして迎えられたことで知られる孔明先生ですが、
本人も言っているように、もともと、仕官する気はありませんでした。

叔父さんが亡くなると、山奥に引きこもって晴耕雨読生活を始めた孔明先生。

俗世間から離れ、自分にとって本当に大事なこと
本当にやりたいことは何なのかを探求していました。

臥龍という称号を得た孔明先生は当然、
魏や呉を始め「来てください!優遇します!」と仕官を求められることが
多くありましたが、孔明先生は敢えて選ばず。

それどころか「仕官するなら誰か?」「誰に仕官をするか?」
という仕官問題から一度離れて仕官とは縁遠い隠居生活を楽しんでいました。

誰かに相談するわけでもなく、
でも、だからといって天下の情勢に疎いわけでもなく
中国全土の地図を作成し天下三分の計を語れる相手を待っていました。

 

『その時』までに出来ることは?

自分に合ったもの、自分の答えを探す過程で何をすれば良いのか?
問題から離れるからといって、ぼけ〜〜〜〜っと過ごすのではなく
問題から離れているからこそ出来ることをする。

孔明先生であれば地図の作成だったり
晴耕雨読生活だったり
限られた朋友と天下を熱く語ることだったり、、、

今の自分に出来ることをして、自分自身を高めています。

この問題から離れる時間があったからこそ
孔明先生の修養と叡智が深くなったのは言うまでもありません。

 

納得した選択をするには

選択肢に迷った挙げ句、誰かに言われたからといって選んでも
価値が解らないと納得できません。

たとえそれが、ネットの圧倒的な数のレビューや著名な人の意見、
或いは親しい人の意見だったとしても。

何に満足するのかは人によって違いますよね。

だからこそ、自分に合った自分だけの答えというのは
自分が納得したものじゃないといけないのです。

玄德殿は一国の客将にすぎなかったけど
天下の情勢は魏と呉が勢力を伸ばしていたけど
呉には実兄も継母もいたけど、、、

でも、孔明先生が選んだのは玄德殿でした。

十年近くにわたる隠者の時を経て、孔明先生を魂ごと動かせたのは
権力でも情義でもなく、玄德殿の熱い志でした。

もし仕官話を沢山持ちかけられた時に
そこから選ぼうとしていたら、玄德殿とは敵対関係になっていたかもしれず
もしかしたら、歴史に名を残すことさえなかったかもしれない孔明先生。

即断、即決がもてはやされ、出来る人、行動力のある人と思われがちな昨今ですが
違うなって思ったら、自分にとってそもそもどうなのか?
何が大事なのか解らなくなったら、一度問題から離れて
時間を懸けて本当の自分を探す探求する選択肢もあることをお忘れなく。

一度きりの人生、納得して生きたいですね!

今日もお付き合いいただきありがとうございました〜!