孔明先生に私淑しています!
三国志作家の玄子(げんし)です。
私は諸葛孔明先生に私淑(ししゅく)しています。
でも、耳慣れない、見慣れない漢字ってだけで先入観から堅苦しそうなイメージを抱かれるかもしれませんが、、、
目次
私淑で広がる世界と人生、そして縁!!!
ここでは三国志、孔明先生への私淑ということで話を進めますが、私淑って机上の空論ではないのです。
三国志、三国演義のおかげで孔明先生がどんな時代に、どんな風に生きた方なのかを知り、
人生の師と仰ぐほど尊敬愛が溢れ、もっともっとお近づきになりたくて成都へ留学しました。
成都では中国語や、古琴を始めとする生粋の蜀漢文化を辛酸と共に味わい、無駄に気が強くなった玄子( ̄▽ ̄)
玄子っていう字も玄徳公と孔明先生が道士さんを動かしてくれた縁そのもの。
今でも変わらずに連絡を取り合っている留学時代の恩師、友達、道士さんには、いまだに学ぶことが尽きず、何かと色々応援されたり、助けられています♪
また、蜀漢の地で学んだこと、感じたことをこうやってネットで伝えていくことで会った事のない方とも、三国志を介して友達になれれるって、本当に素敵だなって思います。
そんな素敵な縁に恵まれる度、三国志英雄たちへの感謝も深まっていきます、、、。
ステップ2⭐︎孔明先生の文霊に学ぶ
実際に中国へ行き、現地の人の想いや、孔明先生の偉大さ、大陸の広大さを目の当たりにして人の和を広げられました。
三国志跡、特に孔明先生関連の志跡へ行くと何らかのあり得ないトラブルが生じるのですが、私はこれを孔明先生からの「課題」と位置付けています。
例えば、孔明先生の故郷へ行った時の 予約していたホテルが存在しなかった事件 とか( ̄▽ ̄)
「師匠〜」って叫びたくなる事件をどう楽しみながら、感謝に変えるか?って課題が出されます。
ですが!!!私淑はそれだけでは終わらなかったのです。
孔明先生は私が中国にいなくても学び続けるよう導いてくれました。
それこそが
孔明先生の文霊(あやだま)だったのです!
ここが凄い!孔明先生の文霊
孔明先生の文霊に学ぶとは、陳寿や羅貫中、社会的地位のある方が提唱する孔明先生像を追及して虚実を論ずるものではありません。
孔明先生自身が行った言葉、書かれた文書(兵法書や出師表など)に学ぶ事です。
私が最初に衝撃を受けたのは♪───O(≧∇≦)O────♪心書と呼ばれる兵法書でした。
兵法書って難解な、女人禁制的なジャンルに縛り付けておくには勿体なさすぎる心の書。
何が凄いかと言えば、孔明先生の人柄と思いっきり合っている内容!!!
丞相という高位にありながら、慈悲の心に満ちた孔明先生の人柄が滲み出た心書。
上から目線で「これくらいは出来て当たり前、出来ないのは精神が弱いからだ!」ってな強い精神が前提ではなく
心の不安や、怖さ、人として「ついつい」やってしまうことや、痛みをしっかりと受け止めて、その上で励まし、叱咤激励してくれるのです!!!
痛みを知るからこそ響く文霊
痛みを知っている人が、その痛みを受け止め共感した上でアドバイスしてくれるのと
痛みを感じるのは弱さだと決めつけて自分の強さを前提としたアドバイスとでは重さが全く異なります。
心の痛みや辛さ、重さを受け止めてくれる人であれば、説得力もあるから納得できますが
痛みを知らない人に、同じことを言われても反発や苛立ちが増してしまうことも、、、。
そしてそれはまた、同じ人の言葉だったとしても受け止める側の経験値や思いによって変わってきます。
なので!孔明先生の文霊は、
*孔明先生の生き方に魂と目頭が熱くなる人
*孔明先生に好意と敬意を抱いている人
にオススメです。
今後、私淑セミナーとかやろうかなとも考えていますが
その際は、私と三国志感の会う人に向けて開催しますので
孔明先生に私淑して
*孔明先生を人生の師としてお迎えしたい
*孔明先生にもっとお近づきになりたい
*孔明先生と人生を共にしたい
って方は、今後ともこのサイト共々、よろしくお願いします!