その矛先、間違ってない?

玄子(げんし)です。

日付的にはそろそろ秋っぽくなってきてもいいのに
まだまだ、暑いですね。蒸し暑い(;´Д`)

そんな時は、怖い話とか求めてしまいますが
最近の怖い話って、前ほど怖くなくて寝るまで引きずりません。

「こんなんで怖いつもりなの!?」って消化不良になります。

が!それもそのはず!?
何でも、心霊系のってクレームが来やすくて
「子供が怖がっている」
「トラウマになったらどうするんだ!」
って声があって、怖さレベルがあんなんになったとか、、、。

それって・・・

本末転倒じゃない?

怖い話なんだから、怖いのは当たり前。

子供が怖がっているなら、見せなきゃ良い。
トラウマになるなら見なきゃいい。

番組にクレーム付けている暇があったら
チャンネル変えれば良いのに、、、。

怖い話なのに怖くないのってどうなの!?って
クレームならまだしも、、、。

怖い話を見て、ヒンヤリするほど怖くなりたいんじゃぁあ!!!

本来の目的は何!?

本来のあるべきものを、そのまま楽しむ自由って
最近、難しくなってきている気もします。

見たくないなら毒を吐かずに静かに去る。
楽しんでいる人の自由よりも
毒を吐く自由が横行しているような、そんな気さえします。

 

 

クレーム優先して、つまらない番組になって
打ち切りになっても
クレーム付けた人は責任を取りません。

なので、高野山の宿坊で
日本文化を解っていない観光客のクレームに
ビシッと対応した外国の僧侶の方って
日本人も見倣うべき!とも思います。

 

三国志、熱く楽しんでいますか?

 

三国志も三国演義との境界線や
虚実云々論、重箱の隅をほじくる揚げ足取り大会などなど
似たようなところがあります。

で。それはそれで良いのです。個人の自由なので。

ただ!純粋に三国志の英雄たちが大好きで
心の支えにしているって人に対して
敢えて、攻撃的な言動で
水を差すようなことをするのは如何なものかと。

 

三国志英雄の本来の姿とは?

では、三国志英雄の本来の姿って何ぞや?っていうと
史実で解明されることでも、著名な専門家による学説でもなく

一人ひとりが三国志の英雄たちに感じていること。

それが私の定義する、三国志英雄、本来の姿。
故に、それは違う!って方は、私とは縁と価値観が合わないだけなので
お気になさらず!慢走不送(^_^)/~

史書や小説の域を超えて、どんな存在なのか?
同じ一人の人間として何を学んだのか?

 

そこに正解もなければ、批判される筋合いもありません。

私自身、三国志の英雄に出会ったことで
イジメに耐え抜いて、生きる道を選べたので余計にそう思います。

正しい議論を展開されたところで、
誰もイジメから救ってはくれないし、命を保障してもくれません。

生きるか、死ぬかの瀬戸際で
生きることの大切さと
生きたいと思える希望の光を与えてくれたのが
私にとっての三国志の英雄たち。

 

伝えたいのは熱い三国志

三国志の英雄たちの熱さが私の消えかかった命の炎を繋いでくれたから
私は、三国志の英雄たちに学んだことを熱く伝えることで
時空を越えた恩義に報いたいと願っています。

 

私が伝えたいのは熱い三国志。
三国志の英雄たちが命を懸けて私に教えてくれた
人として生きる上での大切なことを
彼らがくれた情熱を武器に、
熱く伝えて生きます。

そんな熱い三国志を一緒に楽しめる熱い方!
気が向いたら、気楽に気軽に宜しくです!