孔明先生が諸葛な理由と水魚の極み

尊敬愛する諸葛孔明先生を人生の師と仰いでいる玄子(げんし)です。

ってことで、今回は

目次

諸葛孔明先生とは!?

最も基本となることからお伝えしてゆきまする。

 

基本中の基本

孔明先生の基本情報はこちら

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諸葛 Zhu ge:姓

亮 Liang:名

孔明 Kong ming:字 (あざな)

臥龍 Wolong:号

丞相 Cheng Xiang:官位

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

今回、注目したいのは「諸葛」というこの姓。

劉、関、張、曹、孫など

漢字一文字で現される姓が多い中で珍しい複姓です。

元直殿が孔明先生を推挙する時もすぐに「姓は諸葛」と言わずに
「複姓、諸葛」と説明しています。

態々前置きするくらいだから、複姓って稀少な感じがしますね!

 

それにしても、、、なぜに諸葛なんだろう?

そう思った人も少なくないので今日は孔明先生が諸葛なお話です。

◆◇◆◇◆その前に◇◆◇◆◇

この物語は史実をもとにした想作物語ですので予めご了承あれ!

それでは時空を越えて行ってみましょう☆彡

孔明先生が諸葛な理由

時は章武三年(223年)春。白帝城にて。

魚の人生を見届ける水の定め

「この劉備に孔明がいるのは、魚にとって水があるようなものだ」

いつもは口数が少ない玄德殿の玉音(お言葉)は史書はいうまでもなく
言われた本人の魂にも熱く刻まれます。

水魚の交わり宣言をしてから二十年近く、苦楽を共にし
一国の客将から一国の皇帝になった玄德殿にとって
孔明先生の存在は最期まで変わることはありませんでした。

諸葛丞相専属ブログ ←玄徳殿

丞相!
劉禅が補佐するに値しないと感じたら、
君が取って代われ!俺が許す!


崩御直前に後事を孔明先生に託した玄徳殿。

「うん、とっちゃえ、とっちゃえ!
その方が世のため、人のため」

玄德殿亡き後、劉禅坊ちゃんに仕えなければならない諸将や多くの後世の人間も
孔明先生が劉禅に代わって蜀を治めてくれればいいのにと本気で思いました。

が!唯一

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臣はただ、
鞠躬尽力 死而後已
あるのみ。

孔明先生もまた、
玄德殿が義兄弟である
関羽殿、張飛殿を相手に
「水魚の交わり」宣言をしてくれた時から
その忠節は、何一つ
変わってはいませんでした。

孔明先生にとっては、
たとえ、魂になられても、
命を懸けて最後まで
忠義を貫くことこそが
玄德殿への恩に報いることだったのです。

なので、孔明先生は
日々の激務に加え、
丞相として、父親代わりとして、
劉禅陛下を盛り立てながら、
命を削って蜀の国作りを進めていきました。

忠義を尽くすことが
魚を大海に送り出す水の使命
とでも言わんばかりに
孔明先生はあくまでも
水魚の交わりを貫き通しました。

そんな孔明先生の思いが通じたのか!?

 

劉禅陛下、ついに覚醒す!?

 

そんなある日ついに劉禅……陛下、から
直々に丞相様にお尋ねしたい
大事な話があるとのこと!

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陛下も政治に興味を
持ってくれるようになったか!

玄徳殿とは暇さえあれば
国の未来について熱く語り合っていた孔明先生。

白帝城でもひたすら、
蜀の今後について
談義していたと言われています。

そんな父上の姿に触発された
劉禅陛下も遂に、
主君として目覚めたようです。

孔明先生は激務の疲れを見せずに、
急いで劉禅陛下の元に駆け付けました。

諸葛丞相専属ブログ 陛下!

孔明先生が喜びを抑えきれない様子で
劉禅陛下に謁見すると
陛下は徐(おもむろ)に
国家の一大事を尋ねるーーー

のかと思いきや

 

劉禅陛下、丞相に問ふ

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ねぇ、ねぇ
丞相はどうして
諸葛っていう珍しい苗字なの?

☆*゚ ゜゚*☆Σ(~∀~||;)*゚ ゜゚*

……ずっと抱えていたらしい
日頃の疑問をぶつけましたあせる

━━━(゚∀゚)━━━

諸葛丞相専属ブログ はぁ!?
って思っても言えないのが
主従関係の辛いところ。

こんなんでも、一応陛下です。
あの玄徳様のお子なのです。

が!

若き頃から
臥龍と呼ばれ

天下三分の計を実現させた
孔明先生の脳細胞が
嘗てない衝撃を受けました。

( ̄ー ̄;

孔明先生は
羽毛扇の柄を固く握りしめながらも

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陛下、御用件というのは……
(まさか、本当にそんなこと!?)

冷静を装って
陛下の心意を尋ねました。

すると、玄徳殿の血を
確かに引いたはずの
劉禅陛下は笑顔で一言。

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うん
ドキドキ

○●○●○●○●○●

諸葛丞相専属ブログ ・・・・・・あせる
孔明先生は
唖然としてしまいましたが

陛下はまだ若いので、
コミュニケーションなるものを
必要としているのかもしれないと
自分に言い聞かせ
諸葛家の由来を話すことにしました。

「実は―」

 

諸葛家の由来

================
この物語は史実に基づいた想作物語です
==================

もともと、
諸葛家は諸県に住む葛さんでした。

その後、葛さんは
陽都ってところへ移動しましたが
そこには既に葛って姓の人がいました。

なので(^O^)/葛さぁんと呼べば当然

ヽ(*・ω・)人(・ω・*)ノどっちの葛!?

もともと陽都にいた葛さんと
孔明先生のご先祖にあたる葛さんが
同時に反応。

そんな日々が続くと実に面倒!
だったので人々は

葛さん混乱騒動、
何とかしなくて委員会

を発足し、協議の末、
諸県から来た
孔明先生のご先祖に当たる葛さんを

諸県の葛さん

→諸の葛さん

諸葛さん

これでいこう!

諸葛さん!

ってことになり

国にも許可されたので、
以来、諸県にいた葛さんは

諸葛姓を名乗るようになりました。

===============

というのが大まかな流れだったのですが

 

劉禅陛下、立ち上がる!

諸葛姓の由来を知った劉禅は、
突然立ち上がると

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葛……なんかいいね!(^_^)b

よく解んないけど
ツボにハマったらしく
今まで丞相のいう事を聴く一方でしたが
遂にこの日自ら、
思い切って提案してみました。

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丞相、これから丞相のこと
葛氏って呼んでもいい?

゚・*:.。..。.:*・゚゚(゚_゚i)・*:.。..。.:*・゚

そんな間抜けなことを言われて

―はぁあ!?

って心底思ったとしても

「政治の話よりも
思いっきり関心を示して……
さては陛下、おバカですか」

って聞きたくても

「いや、今は諸葛なんですけど」

って言いたくても

「それって、佐藤さんが
実は昔は藤原だったから
じゃあ、藤原さんって
呼ぶようなもの!?
なんなんですか、それは」

って意味不明になっても
冷静に大人の対処で

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陛下の意のままに

としか答えられない乱世の定め。

以後、劉禅陛下は
孔明先生のことを
本当に「葛氏」と呼ぶようになってしまいました。

↑ここだけは史実通りです^^

草葉の陰から

 

そんな様子を草葉の陰から伺っていた玄德殿。

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劉禅、阿斗、、、
何やってるんだお前は!
そんなことを問答している暇ないのに!!!

孔明、すまぬ(゚´Д`゚)
こんな想いをさせるために
三顧の礼を尽くしたわけでは
決してないんだ、解ってくれ!!

冗談抜きに、
本当に、取って代わってくれ!
嗚呼、前途多難、、、

せめて子龍(趙雲)、
少しでも長生きして
丞相を精神的に支えてくれ!

■□■□おまけ■□■□■□

それから間もなく。
第一次北伐に
留守居役を命じられそうになった
五虎大将最後の一人、子龍殿は、
孔明先生が「葛氏」と
呼ばれた経緯を知ると、

成都に留まることに危機を感じ

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絶対に嫌です!
戦場で死に花を咲かせたいです!

当然ながら留守居役を断固拒否!

劉禅陛下のことは
長阪坡の戦いで
命懸けで守ったので

それでもう、
十分すぎるほど
役目を果たしていた子龍殿。

最期くらいは
武将らしく戦場にて!!!

と願う子龍殿の願いは

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その気持ち、痛いほどわかる。

孔明先生にしっかり伝わり、
晴れて出陣することになりました。

めでたし、めでたし( ^-^)_旦~

ってことで孔明先生が
諸葛な理由をお伝えしましたが

個人的には、
葛よりも、
諸葛の方が
響き的にもカッコいいと思うので

劉禅陛下の複雑怪奇な感覚、
私のような凡人には解りませんでした!(^_^;