ネットで再会!12年ぶりの手紙☆彡親愛なる前座組さま

玄子(げんし)です。

ネットで調べ物をしていたら、あったことさえ忘れていた
自分の12年前に書いたブログと再会しました( ̄∇ ̄)

12年前、2006年。(だよね?)

江蘇省で仕官していましたが、そこは開発区で三国志文化も
中国文化も感じられない閉塞感だけに支配された息苦しい空間でした。

そんな時に、自分で空気穴を開けるべく、書いたらしいブログ。

内容は三国志の英雄たちへの手紙(おちゃらけ版)でした。
思ったことだけをぶちまけているだけの内容。

その後、職場の管理職が総入れ替えになり、
ブログを書ける状態ではなくなってしまったので
思いっきり中途半端で終わっていました。

が!

せっかくだったので、12年後の私が保存することにしました。

内容は当時のものをそのまま再現しています。
文字と絵文字だけのブログだったので画像は今回、追加しました。

いつものことですが、
三国志は楽しみながら学んで人生に活かすものなので
史実と違うとか、その情報はプ〜とか、何とかってクレームは受け付けていません。

けど今回は学びは特にないかも(^_^;

今は三国志を伝えることが楽しかったあの感覚をリハビリしているとこでもあるので
良ければお付き合い願いまする〜!

親愛なる前座組さま

親愛なる 張角 様

三國志の英雄の前座・・・・
いやいや、全ての発起人、張角様。
あの日も、漢王朝の腐食を嘆きながら、
山まで薬草を採りにいっていたんですよね。
そんな健気な張角様を見初めた南華仙人に
無理矢理、太平道の書物三巻を押し付けられたのが
漢書に、歴史に、三國志に名前を刻む
きっかけになろうとは・・・・数年間、家に閉じこもったまま、書物を読んでいたといわれますが、
その書物は読むだけで、病人を治したり、人心を統率できるように
なってしまうんですか!?
え?もともと才能があった・・・?
わかりました・・・そうですよね、凡人じゃないのですから!で、よせばいいのに、黄巾の乱を184年に勃発させましたね。
あれ、実は内部告発によって、計画よりも早く事を起こすはめに
なったんでしょ?
朝廷にばれたからには、やられる前にやっちまえってことで。

さらに、頑張って太平道を開いた創始者にもなったのは凄いね、なんだけど、
これまた後世からの残念なお知らせです。

後の世になってから儒教VS道教の主張合戦で
儒教「道教なんて、朝廷に向かって乱を起こすような太平道なんて
もんがあるんっすよ、だめっすね!道教禁止にしたら?」
と皇帝に言ったもんだから、

道教「なぁにいってるんすか!あんなの邪教です!
我々は道教とは認めていません」
ってことで、邪教以外の何物でもなくなってしまいました。
せちがない世の中になってしまったものです。

ま、宗教としては邪教扱いされていますが、
三國志になくてはならない張角さん。

あなたが、乱を起こさなければ
朝廷も民衆の苦しみをいつまでもほっといたままだっただろうし、
やっぱ、あんたなしでは三國志始まりません!

三國志があるかぎり、張角さんの存在も永遠です!
よかったね!

親愛なる 宦官 様

三國志のみならず、中国の歴史そのものを陰で操っている
宦官のみなさん、さぞかし、ご機嫌よろしいことでしょう。

 

黄巾の乱起こっちゃったの、
半分以上は君たちのせいなのでは?
やっていることも、下手すると黄巾賊と同等か
もしくはそれ以上に酷いっすよ

首領が張角か、霊帝かの違いのような気も・・・

親愛なるって書いておきながら
悪口しか書いていない・・・・

う~~~~~ん
何もない・・・・・

ついでに!
宦官一掃大作戦で
宦官は全滅したかとおもいきや、
黄皓!お前どっから出てきたんじゃ!
漢王朝も、蜀漢王朝も宦官で滅びるとは!!

っていうか、劉禅さん!


漢王朝の復興を目指した
君の父上と、そんな玄德様に人生を尽くした
丞相、五虎将、その他、沢山の英雄達や将兵が
命を賭けて築いた蜀漢王朝よりも宦官を大事にするとは!

き〜〜〜〜〜〜〜〜!情けない(゚´Д`゚)出師表を声に出して毎日読め!

はぁ、何故か今日は英雄とは呼べない
人々への想い?というか
苦情を綴ってしまった

後味いまいち

親愛なる 霊帝 様

三國志の英雄の壮絶な生涯の幕開けに
尽力したのが張角さんなら、霊帝さんは
その舞台を造った縁の下の力・・・ならぬ金持ちですね

後漢の12代目皇帝になったのはいいけど、
董卓とは違う意味で、権力にモノを言わせて好き放題しまくりましたね。

12歳で皇帝になったのに
34歳で幕を下ろすその人生の中で
苦労したことは一度もなかったとか。

世継ぎ問題が唯一頭を抱えた問題だと
聞いていますが、あの時代に一人だけすっごい、平和ですね。
流石です。

宦官の宮廷独占を許したり
お金で官位を売買するのを
認めたりって、あんた、皇帝でしょ?
劉邦と項羽にあの世でどう申し開き
していますか?

霊帝さんが後漢王朝を崩壊へと
導いたっていう噂が日本にまで
広まっているんですが・・・・・

黄巾の乱が起こったのも
ご存じなかったとは流石に
驚きました

ま、12歳で即位してからは
ずっと宦官が守ってくれていたから
それ以外は信じるも何もなかったんでしょうが・・・

ただ、そのせいで、あんたのお子が
とっても大変な目に遭ってしまいました

献帝はそれでも良く頑張ったと思います。

けどま、結果的には
「太尉」になった曹嵩のお子で
魏の基盤を築いた曹操閣下

「劉」の血縁を基に蜀漢王朝を興した玄徳殿

「伝国の玉璽」と出会い呉国を興した孫堅殿

が活躍してくれることになるので

霊帝さんの愚帝ぶりが、
ひょんなことから、三國志の英雄を
生み出していたんですネェ

これぞ無用の用・・・・・?

よくよく考えれば、
それもまた天命だったのかも
しれませぬなぁ・・・

三國志のドラマでも、本でも、
黄巾の乱が終わって
こっちの気持ちが盛り上がってきたときに
宮廷ネタはちょっとつまらないけど
これからは、霊帝さんの
縁の下の金持ちっぷりが
どう英雄達に恩恵を与えたのかに
焦点を当てて見て行きたいと思っています。

張角さんより志や意気地がない分、
影が薄いけど、
あなたも、三國志がある限り、
中途半端な皇帝よりも
後世の人々には
ずっと覚えられることでしょう・・・
よかったね!

親愛なる 何進さま

大将軍・何進さん

あんたとは、相性が悪いようですね。
頑張って書いたのに、ブログになかなか反映されません。
ちゃんとログインして2回も書き直したのに
原稿は次の瞬間には消えていました。

もう、疲れました!
書く気力失せました。

なので、省略。

曹操閣下が孫の面倒をみてあげたこと、ちゃんと感謝してますか?

けど、この爺さんにして、この孫あり。

三國志随一のナルシストって、何家の血筋、ただ者ではございますまい!

孫はそのうち出てくるかも。

ということで、
張角さん、霊帝&宦官の皆さん、何進さん!
三國志の前座チーム。
あなた方は、何だかんだ言っても、なくてはならない前座!

三國志演義がある限り、必ず冒頭で語られる
前座組みの皆さん。

この中では張角にやや、ロマンを感じます。

三國志前座組、永遠です!!

三国志は楽しい!

12年前は何も考えずにただただ、大好きな三国志を綴っていることが
この上なく、幸せでした。

三国志は楽しい!って純粋に発信していた当時の自分と再会して
気を遣った発信で遠慮している場合じゃあござらん!!!って改めて感じました。

三国志は楽しい!って全面に出して発信していると
なぜか、土足で水を差しにくる人がいるので
そういう人に出会わないには?ってことを第一条件に発信している
自分がいました。

それでも楽しめるのが三国志の魅力なんですけど(o^^o)

12年前の自分に、三国志は楽しい!!!って発信する
三国志愛を受け取ったので
これからは
イヤな人、土足水差し隊回避するには?ではなく
三国志は楽しい!!!最高!!!を

12年経った今の私だからこそ出来る形で
伝えていきたいなって感じました。

ちなみに、今回の続きとして、孫堅殿へ、と曹操閣下へもあるので
近いうちにまた紹介しますね!

気が向いたらお付き合いください!