留学最大の敵である「親」を言葉以外で説得する方法

玄子(げんし)です。

孔明先生を人生の師と仰ぐことで
私の人生、生き方は大きく変わりました。

そんな時空を越えた奇跡を綴る玄子物語の目次はこちらです。

今日は前回の 三国志に学ぶ「現実の捉え方」 の続きからです。

目次

留学最大の敵は、父親!

中国への留学を決めた私はちゃんと事前に親に話して、高校三年の夏休みに、
親同伴で入学説明会で東京へ行ったりもしました。

で。試験を受けて入学が決定したのは9月でした。普通はここで万歳三唱、

今日のブログのメインになりそうなものですが、、、

が!安心するのはまだ早い!

留学が決まって、さぁ、準備だ!!
楽しみだ〜ってワクワクしたい時期になったら

父、いきなり怒りながら反対す!(((( ;°Д°))))何で今更?

 

父は私の顔を見るたび

キーーーッヾ(*`Д´*)ノ”彡☆恥さらしが!!

ってなるので私は

・・・( ̄ー ̄ 無言。

うるさいの、嫌いなので。

 

感情的な声って音が尖ってて

何を言っているのかよく言葉がわかんないから

ますます話し合うことなく過ぎゆく時間。

って状態が

留学が決定してから勃発しました。

 

留学が決まった私にとって最大の難関は、父の説得!!!
できれば、関わりたくない。

それでもやっぱり、保護者の許可を得た手続きとかしないといけないし
説得しないわけにはいかないのでついに、動くことにしました。

気分は敵陣に乗り込んで相手を説得する孔明先生の気分。

優先したのは親よりも私の人生

せっかく留学が決定したのに、そのあとに父に反対される日々。
秋口には決まっていたので残り半年、高校生活を満喫出来るはずだったのに
この時期が高校生活の中で、一番疲れました。

大都市であれば中国への留学くらい、普通な感じだと思いますが
当時の秋田だと秋田から出ること自体

ヾ(▼ヘ▼;)なしたど!?バガしゃべすな

(何をおっしゃるのですか?滅多なことを仰ってはなりませんくてよ!
原典:秋田弁。120%お上品に意訳:玄子)

歓迎されることではありませんでした。

・・・いや!90年代後半の秋田だけじゃなく、今でも
少子化とか高齢化とかを理由に秋田から羽ばたこうとする若者を
テレビ特集組んで「秋田を出る若者ってどうなの?」って疑問視するくらいだから
基本的に県外に出ることを快く思ってくれないのかもしれません。

が、誰の人生なの?と思います。

秋田どころか日本で、私にどっぷり三国志文化と中国語を学ばせてくれる環境はないのが現実。
それでも私は何が何でもどっぷり三国志を楽しみたいので
世間体なんかに左右されている場合ではないのです!

なので、父が何を言っても留学を撤回する気は無かったし
もうすでに決まったことなのに今更他の選択肢なんてないので
前進、あるのみ(・∀・)/

本当に何が何でもやらずには死ねない、生きられないくらい
やりたいことだったら相手の気持ちって考えられません。

優勝を懸けた戦いで相手が負けたらどうしようって考えないのと同じ。
勝負所ってそんなもんじゃないでしょうか?
少なくとも、それくらいの覚悟は必要です。

私が懸けていたのは、これまでとこれからの人生全て。
父が反対する理由は私の人生の重さの比ではありません

 

父はそんな私に呆れて認めてくれ、、、ることなく
祖母を巻き込んで、留学を阻止することにしたようです。

父にとっては最大の助っ人
私にとっては最大の難関でした。

孔子も巻き込んじゃいました!

 

こうして、秋が深まったある週末。

父に連れられて祖母の家に行くと祖母はおもむろに口を開きました。

「中国へ留学するって聞いたけどー」

父も私も、祖母のことだから
頭から湯気を出して猛烈に反対するんだろうなと思っていました。

だからこそ、父は祖母を頼ったのですがー

祖母の言葉とは!!!

「孔子様のお導きです」

孔子の似顔絵イラスト

 

( ̄Д ̄;;?こ〜し?

「夢に孔子様が現れたのは、このことだったのでしょう」

( ̄_ ̄ i)???何が?

よくわからないのですがこの時期、祖母はなぜか、いきなり
儒教・孔子様にハマったらしく

孔子様、といえば中国。

そんな時に孫が孔子様のお国へ学びにいくというまた楽しからずや!!!

っていう不思議な展開になっていました。

よくわかんないけど、、、

孔明先生が先手を打って孔子様に話をつけて祖母を動かしてくれたので

祖母は「よきかな、よきかな」と応援してくれました!!

 

飛躍しすぎた解釈?かもしれないけど、些細なことでも個人の自由で楽しまないと

人生、つまんなくない?ってことで

(*゜▽゜ノノ゛☆天助我也!←(三国演義で曹操閣下がよく使っていたので覚えました)

 

祖母、大いに喜ぶので

父、あっけにとられる。

 

それはまるで・・・

 

呉国太が玄德殿を気に入らなければ孫権の好きにしてもよい、(暗殺黙認)

という状況下で思いがけず玄德殿を気に入ってしまった

母上を前に、為す術もなく

アタヽ(д`ヽ彡ノ´д)ノフタ

する孫権のようなものでした。

孔明先生が孔子様を動かしてくれたので

祖母は私の留学を応援してくれることになり

一安心、、、(;´▽`A“

したのも束の間!!!

 

父の反撃!

 

「秋田から出るだけでも大変だというのに!!!」

ぉおっと、これは油断していました!

 

祖母は祖母でも母方の祖母が難色を示したでは

ありませんかΣ(゚д゚;)

・・・っというか、正直言うとそこまで私に興味があると思っていませんでした。

 

いつも優秀な兄と比べられて、ついで的な存在だったので。

だから、何でわかってくれないの?っていうよりも

「へぇ〜」って思いました。

 

(母方の)祖母のむっとした態度を見て

父もここぞとばかりに

「全くだ!!!何を考えているんだか!

馬鹿じゃないのか!!!

勝手に人の人生計画をぶち壊す気か!」と勢いを盛り返しました。

エネルギー波を打つ人のイラスト

お茶ちなみに父の人生計画では

私は高校卒業後、短大へ行き社会人になり、結婚してー

って参考モデルは思いっきり母じゃぁあないですか!

 

オリジナルティ、創造性が欠けすぎ!

既存の発想しかないのか!!

横山三国志を60巻まで読んだのに

何を学んだのさ、父!!!

嗚呼、情けない!!!ムキーって

私が言い掛けたときでしたー

ラストサムライ登場

 

「何言ってんだ、あんたらは!馬鹿はおまえさんたちだ」

大御所様、祖父の登場爆  笑クラッカー

祖父だけは、物心ついた頃から唯一、大好きでした。

 

祖父の生き方、考え方、言動は

日本の武士って

こんな感じだったんだろうなって

何度となく思い知らされていたので

 

祖父は私にとってまさにキラキララストサムライキラキラだったのです!

祖父はそれまで黙って成り行きを見守っていましたが

 

「自分で決めたのなら中国へ、行きなさい!!」

私に結論を伝えると

「こんな秋田の田舎にいては
小さな世界でしか生きられない人間になってしまう」

一呼吸置くと祖父は父を見ました。

「それでも、いいのか?」

父は、むむむって表情になり

祖母は「女の子なのに中国なんて危険すぎる!」

それでもやはり、心配してくれましたが

祖父も動きません。

祖父の持ち前の頑固さが

今日ほど心強かったことがあろうか!?

 

「行ってだめなら戻ってくればいいただ、それだけだ。

行きたいといっているのに行かせないでどうする。

中国と中国人の良さは、本当に中国へ行った人間でなければわからない」

※祖父は戦地として中国へ行っていました。

最後は鶴の一声で

祖父の言葉に祖母も渋々納得すると

祖父の娘である母がここで

父に向かって決定打を放ちました。

「この人(玄子)の人生なんだから好きにさせないと。

後になってから『あの時行っていれば』って

言われても責任とれないでしょ?」

 

かつては中国語の通信講座さえ

反対していた母ですが

「一時の感情で中途半端なんだろうと

思っていたけど、本気だとわかったから応援するよ

あんた(父)もいい加減に

快く応援してあげなさい!!!」

父を説得してくれました。

 

こうして、やっと、ついに

中国留学が決定したのでした!\(^o^)/

あ〜長かった〜。が!

 

決まったら後は、どんな道であろうとも前進、あるのみ!!!!!

 

留学を親に反対されたら?

今日のまとめは、留学を親に反対されている方へ。

言葉で説得をするのが苦手なら、情熱を見せ付ける!

参りました!もう、解った!と言わせるくらいまで情熱を武器にする!

ただ、イキナリだと一時の感情って思われるんで

事前に留学したい目的に向けて準備をしてくださいね。

(留学したらそれでOKじゃなくて
留学してやりたいことがあるから、留学するんですよね)

何が何でも!って意志が固まったら水面下ではなく

堂々と行動に移して情熱を証明してくださいね!

頑張って!!!