自分を高める心の下地

諸葛流文霊想作家の玄子(げんし)です。

*文霊(あやだま)とは?

時代、時空、国境を越えて読む人の心を動かす力を持っている字には(魂、精神)が宿っているという概念から生まれた玄子の造語です。

孔明先生の文霊はとても奥深く、普通に兵法書として読み流すにはあまりにも、もったいない!
ので!!「現代生活で活用するには?」という私独自の視点と、孔明先生の人柄や魅力を取り入れながらから文霊を想作しています。

ただいま孔明先生著「誡子書」の文霊に学んでいます。

前回の文霊 慆慢則不能勵精の続きからです。

今日の文霊*誡子書9

險躁則不能治性

險:偏狭
躁:気が短い
治性:陶冶(とうや)

今日の心譯

今日の鍵となる単語「陶冶(とうや)」とは?

才能、素質などを育て上げること、鍛錬、錬磨すること。

心の狭い人格者は長い歴史上、いません。
人格者と呼ばれなくても、慕われる人はやっぱり人格が磨かれています。

ということで。今日の心譯は

心や度量が狭く、短気であれば
人格を陶冶し、自らの品性を高めることはできない。

なので言い換えれば、自らを高めるには、穏やかで広い心、度量を意識的して
カッと来ても、グッと堪えて自制することから始めてみましょう!

心と度量が狭くて短気だけど、人間力高いよね〜って人はいません(^◇^;)
いうまでもなく、心と度量が狭くて短気な人って関わりたくないですよね。
孔明先生の文霊は、「そういう人、やだよね〜」と他人事として終わらせるのではなく、そんな人間になるな!!ってのが核心です。
でも、人間だもの。
「心と度量が狭い!短気!該当しちまっただ〜」ってこともあるわけで。
そんな時は、孔明先生の文霊を切っ掛けに品性を高めていけばOK。
人格を陶冶するのはあくまでも自分自身。
感情的になったら、ゆっくり呼吸をしながら心の中で
「孔明先生、このまま怒りに任せて行動しても大丈夫でしょうか?」
って相談してみるのもありです。

短気は損気!広い度量と心を持って生きたいですね!
心譯*玄子(げんし)