いつまでも、あると思うな「好意と信頼」

三国志作家の玄子(げんし)です。

自分の都合に合わせてくれる、寂しさを埋めてくれる、愚痴を聞いてくれる、多少のワガママを聞いてくれるーそれが友達の条件になっていませんか?

特に今はラインを使うと、意識せずに、自然とこの要素を友達に求めてしまうことも、、、。

いつまでも、あると思うな「好意と信頼」

前までは、普通に接してくれていた友達の態度、対応が何だか最近、冷たい、素っ気ない!と感じたら、ヒドイ!!私のことなんてどうでもいいのね!

ってイジけるその前に!

それまで相手がどんな状況下で、どんな気持ちで接してくれていたか?
あの言動、あの時、どんな気持ちになっていたか?

相手の好意や気持ちを踏みにじったり、軽んじたことはなかったか?
相手が精神的にシンドイ状況にあるとき、少しでも労ったり、ストレスが緩和するよう気遣ってあげたか?などなど

今までの言動を相手目線で振り返ることが大切です。
相手が大切な存在であればあるほど、意外と忘れがちな相手の気持ち。

昔は最終的にこんな目↑に遭うことも!?

相手も自分に対して好意と信頼を抱いてくれているうちは、
「困っているなら何とかしてあげたい!」
「話を聞くだけでもいいなら、聞いてあげよう」
「私にできることなら、できる限りやってみよう」
って自発的に思って行動してくれます。

が!!!!

それを当たり前って思ってしまうと、ついつい相手への礼儀に欠いたり、感謝の気持ちを忘れて当然って思ったり、相手の立場や状況を全く無視してしまうことに、、、。

そうなってしまう前に!!!肝に銘じておきたい孔明先生の教えがこちら

孔明先生の文霊〜親しき仲にも礼儀あり〜

どんなに親しい間柄であっても
自分の都合ばかり押し通して
相手の感情や損得を無視したり

相手が立場、年齢的に目下だからと言って
傲慢な態度を取ってしまっては
些細な出来事を切っ掛けに信頼されなくなり

疎遠になったり
短所や弱点を逆手に取られてしまうことがある。

原典*孔明先生著「心書」
心譯*玄子(げんし)

孔明先生の文霊は言うは易く行うは難し、が多し!
よく聞く話、ではなく、実行してこそ孔明先生にお近づきになれるのです。

しかも、一度「底」まで行ってしまうと、関係を回復するまで時間がかかったり、或いは、覆水盆に返らず、という事態を招いてしまいます。

昔からの気心の知れた友達だから〜、家族だから〜、恋人だから〜
居て当然のように思われる存在の人こそ、大事にして生きたいですね!

三国志に学ぶ「目下、年下の人」に対する謙虚さ

玄徳殿は孔明先生よりも20歳年上で、居城こそ持たないものの、その名は広く天下に知れ渡っていました。
一方の孔明先生は個人情報保護法を徹底していたので、その名を知る人は限られていました。

そんな孔明先生に三顧の礼を尽くした玄徳殿。

個人的に面白いなと思うのは、玄徳殿の孔明先生に対する敬意が一度目より二度目、二度目より三度目、と深まっていること。

これがきっと、玄徳殿の「素」であり、孔明先生はそんな「素」の玄徳殿に会って話を聞きたかったのかも知れませんね。

え?買いかぶりすぎ?
大丈夫!これが私の普通なので気にしないでください。

自分なりに解釈して得たことを、学びとして自分に活かす!
当の本人たちに直接聞けないからこそ、どんだけ盛り上がってもいいのです!
三国志をますます、底なしに熱く好きになったもん勝ちです!

それが、私淑三国志!

相手が年下でも、謙虚さを忘れない玄徳殿。
これって、出来そうで、意外と出来ない。
でも、相手が年下だからといって、それを理由に傲慢で横暴なことはしない!
それだけでも十分に大きな一歩、ですよね。

年齢差と同じく変わらなかった水魚の距離感

玄徳殿と孔明先生の水魚の交わりは、三国志で知らない人はいません。
水魚の交わり宣言は、孔明先生が玄徳殿に仕えてから間も無く発せられたものでしたが、この後も生涯にわたって、敬意に満ちた水魚の距離感は変わりませんでした。

玄徳殿は孔明先生をずっと敬っていた、と陳寿も客観的に証言しています。
また、孔明先生は玄徳殿亡き後も玄徳殿を「知己(自分のことをよく理解してくれている人)」であると断言しています。

今の時代、水魚の交わりは難しいかも知れません。
が!たとえ年齢差があろうとも、なかろうとも、相手を理解、尊重し合う気持ちというのは自分次第で、いかようにも出来ます。

今は時代が違うから、とか、三国志の話だしぃと思うその前に!
時代は違えど同じ人間!!!
そのまま三国志の英雄たちと同じことをしようとするのではなく、今の自分の生活に生かすならどうする?と考えて取り入れてみてくださいね。

それが私淑三国志のコツ!に御座いまする!