三国志を人生幹にする方法

三国志作家の玄子(げんし)です。

古代中国の叡智、老子や孔子、孫子を始めとする教えは知識や教養だけではなく、人間力を磨く宝庫のようなもの。

そして、そんな教えを幼少期から学んで実生活に生かしていた三国志の英雄たち!!
人生の根幹となる教えや学び、、、人生幹が「生き方」を通して魂に熱く語りかけてくる三国志の魅力は尽きることがありません。

 

孔明先生に学んだ人生幹

人生の根幹となる人生幹。
人生幹って言葉そのものは私の造語ですが、私に人生幹の意義を教えてくれたのは孔明先生でした。

その文霊がこちら

孔明先生の文霊

何が遭ってもブレずに、揺るぐことのない
自分自身を支えられる人生の根幹となるものがあってこそ初めて、
枝や葉は呼応して成長していく

本末転倒していませんか?

「本(もと)」である幹がしっかりしていなければ、枝や葉といった「末」は伸びることはないのに、どうしても目に付きやすい「末」にだけ注力してしまいがち。

例えば、、、根幹となるものに気付いたり、築いたりする前に

漠然と目の前の利益や幸せ、お金を追って何も残らなかったどころかマイナスになったり、

いっ時の気分や感情に任せて行動して後悔したり、、、

外見だけ磨いて、外見だけを重視して人間力を蔑ろにしたら周りもそんな人だらけ、、、とかとか。

根本的なことと、枝葉を取りちがえていませんか?

そんな状態を四字熟語で本末転倒、と言います。

人生幹は一朝一夕では無理!

とはいえ、人間だもの。
目先や小手先だけの派手さや幸せ、感情に走ってしまうのはよくある話。

しかも、人生幹は一朝一夕でできるものではありません。

例えば三国志に学んだことを人生幹に!と思っても三国志を読んだだけ、見ただけ、書いただけ、議論しただけ、参加しただけ、ではただそれだけって話です。

学んだことをどう活かすのか?

孔明先生だったら、曹操閣下だったら、玄徳公だったらどうするのか?

今の自分に何ができるのか?何を学べるのか?

行動しながら学んで、考えて、そこで得たことを自分自身に活かす。

しかも、学びを得たから終わり、ではなく、その後も更に、いろんな角度、いろんな方法で追求し続ける。

三国志だったら、三国志や三国演義だけに止まらず、中国語や中国文化といった感じに自分が興味のあることを追求する。

三国志、という表面上のタイトルだけで満足せずに、気になったら、興味が湧いたら自発的にやってみる。

そんな行動を繰り返していくと沢山の気づきや縁に恵まれ、気付けば三国志が人生幹になっています。

三国志を人生幹にする秘訣

一朝一夕では樹立できない人生幹。

だからこそ、必要となるのが「情熱」

ハマった当初はどんなに好きでも、何もしなければ自然と醒めてしまうので、醒めてしまうその前に!!!

行動せずにはいられない状態にしちゃいましょう!

ってことで!三国志を人生幹にするには

情熱を持って私淑する!

言うは易いが行うは難し!ですが、難しく考えず、まずは好きな三国志英雄を後世の人間として上から目線で議論や批判をするのではなく、同じ一人の人間として謙虚に敬意を持ってその生き方に学ぶことから始めてみてくださいね!

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