心のツボは人それぞれ!

玄子(げんし)です。

甲子園の熱闘が終わっても
秋田での金農旋風はまだまだ続いています♪

テレビで金農が出る度に、
秋田にいる母とラインで盛り上がってます(*^O^*)

いつもはお疲れ気味の母が嬉しそうにラインしてくれて
そういう意味でも、私は嬉しい!

他県の人から見たら、いったい、いつまで?って感じかも知れませんが
秋田でここまで明るい希望を感動を与えられる出来事って
私は、今までの人生で初めて体験しています。

次は100年後かもしれないって思うと、、、

いつ楽しむの?今でしょ!!!

報道されたくて秋田で金農旋風が続いているわけではありません。

自殺率、高齢化率と飲める酒の量だけが他県よりも高く
秋田ってどこにあるのか知らない人も多い県。

『秋田出身です!』って胸を張って堂々と言えることって
まぁ、ありませんでした。

言っても「それって山形だっけ?青森?」って
存在そのものがここまで知られていない現実。
※実話です(;´Д`)

その秋田で感動が巻き起こって、
明るい気持ちになれているのだから
金農が与えてくれた感動って、とてつもない偉業なのです。

報道されて有名になったから凄いのではなく
秋田県に希望の光を与えてくれたから凄いのです!

水を差さない寛容さ

そんな中で、影響力のある有名な人が
報道してくれるよう頼んだわけでもないのに
秋田と金農旋風を取り上げすぎる!って問題視するのは、
どうかなって思います。

報道ネタが尽きないのはそれくらい、今まで
秋田のことが知られていなかっただけなので
これを機に秋田を知って貰えたらと思っているので

水を差すことなく気が済むまで感動の余韻に浸らせる
寛容さをお願いしますm(_ _)m

これって、三国志でも同じ。

三国演義を堂々と楽しんでいますか?

 

三国演義の内容を真実だと信じている人を
痛いとか、残念な人呼ばわりする必要はありません。

 

 

三国演義に否定的な人の方が上で、土足で歴史浪漫に踏み入られても
仕方がないって思いから
今、この時の自分だからこそ縁が合った三国志の英雄たちとの
時空を越えた奇跡を手放すのは本当に勿体ない!

三国演義だけでは物足りなくなれば自然と
他の文献や現地に行くことで見識も広がります。

でも、これは誰かに強制されることではなく
あくまでも自分のペースで楽しみながら次の段階へいくもの。

なので、三国演義が好きなら
トコトン、今の自分だけの世界観、三国志観で楽しんでくださいね!

 

心のツボは人それぞれ!

 

歴史家や学者の方が、専門の道を進まれているのが
その人達にとっての三国志、であるのと同様に

三国演義に魅せられて、三国志の英雄たちに助けられたり
人生の大事なことを学んだのなら、
それこそが、その人にとっての三国志との縁。

なので三国演義を通しての英雄の生き方が好きな人に出会ったら
それを否定する必要は全くなく
「この人は三国演義が好きなんだな〜」でOK。

好きだっていっていることを敢えて態々否定して
不快な思いをさせる必要はありません。

三国志に限らず、自分が好きなことを
好きって気持ちを全く解ってくれない人に
悪く言われたら、すっごくイヤですよね。

人としてどうよ?って話です。

で。私自身は三国演義が切っ掛けで三国志の英雄たちと再会出来ましたが
その後、陳寿の三国志も読んで、三国演義との違いも分かって
どう思っているかと言えば、、、

私が大事にしているのはー

どう生きたか、どんな生き方をしたか

史書とか、演義とか、その境界線に対して、
目くじらを立てて意識していません。

三国志も三国演義も、
英雄たちの表面的な言動の違いはあれど、
信念と大志を抱いた彼らの生き方は根本的に変わりません

彼らは、後世の人間にジャッジされるために命を懸けて
三国時代を生き抜いた訳ではありません。

間違い探し、あら探し、議論のネタ探しをしてやろう!
って攻撃的な姿勢ではなく、

同じ一人の人間として
英雄たちが、どう生きたか、どんな生き方をしたか

これこそが私が大事にしていることであり
三十年近く、年中無休で
三国志の英雄たちに惹かれ続けている所以です♪

 

時代は違っても、価値観とか人間性、人間力って
合う、合わないってあると思うので
人気のあるなし、メジャー、マイナーではなく
自分自身に合った、一緒に人生を楽しめそうな
三国志英雄の生き方に学んでみてくださいね!