この命、爆発させたい!(6)〜孔明先生が引き起こした人生の奇跡〜

日本にいては絶対に有り得なかった縁

「あの世で孔明先生に会うために、
中国語と蜀の文化を学びたくて、成都へ来ました!」

成都に留学した本音を告白したのは、六年の留学生活で二度だけだった。

一度目は前述した、恩師に出された「中国語で手紙を書く」宿題の時。

そして二度目は

「敬服いたした!」

古琴が縁で知り合った道士さんたちと、初対面で語り合った時だった。

一期一会?次はもうないかも、、、

成都には「青羊宮」と呼ばれる道観が周王朝からある。

孔明先生のような文化人にとって、古琴は必須だったように、
道士さんたちにとっても古琴などの伝統楽器を奏でることは
修養の一つなのだろう。

青羊宮で知り合った道士さんたちも古琴を学んでいたが、
その古琴の師匠が私と同じ師匠だったのだ。
早い話が、彼らは私の古琴の兄弟子だった。

私自身、道教には縁もゆかりもなく、
個人的に青羊宮へ行く機会はなかったが、
その当時、昵懇の間柄にあったドイツ人留学生が
宗教学を専攻していたことが切っ掛けで、
同い年の道士さんと知り合った。

その後、ドイツの友人は帰国したが、
古琴の師匠が同じという縁から、
同い年の道士さんとは連絡を取り合うようになっており、
この日もそんな古琴の縁から、
私より一回り近く歳上の道士さんを二人紹介された。

せっかく貴重な縁をいただいたものの、相手は道士さんである。

日本にいても、神主さんや僧侶の方と雑談をすることはないのに、
況してや道教となると、何がタブーで、
何が許される言動なのかさえ分からなかった。

日本人として失礼、無礼のないように気をつけねば、
と思えば思うほど何を話せば良いのかわからなくなってしまい、
頑張って話題を探すものの
老荘思想さえまともに読んでいなかった私に、
気の利いた話題などあるはずもなく、
固くギコチナイ空気だけが澱んだ。

 

そんな私を気遣ったのか、
道教に興味があるわけでもなさそうなのに、
何故ここにいるのだろう?
何故、わざわざ成都に来たのだろう、と思ったのか、

「なぜ君は、中国語を勉強しようと思ったんだい? なぜ成都に来たんだい?」

道士さんの方から話題を振ってくれたが、
この質問が遠慮という鎖で繋がれた私の心と魂を一気に解放した。

孔明先生が引き起こした人生の奇跡

「孔明先生を尊敬しているから、
少しでもお近づきになりたくて、
蜀の文化と中国語を学びに成都に来ました!
夢は、あの世で孔明先生に会うことです!」

ずっと隠し込んでいた想いを、これでもかと熱く語ってから

(しまった! 相手が道士さんとはいえ、本音を言い過ぎてしまった!)

後悔し始めた、その時だった。

「素晴らしい! 敬服いたした!」

なんと! 私に向かって敬意を示す“拱手”をしてくれたではないか!

↑拱手ってこういうの↑

「え〜! 奇怪とか、変な人とか、
こいつ大丈夫かって思わないんですか?」

それまでの経験上「三国志が好き」という
(私にとっては)差し障りのない、無難な回答さえ、
白い目で見られていたのに、
あの世の話を持ち出しても笑うことなく、
目を輝かせながら話を聞いてくれているではないか!

「全然思わない。敬服に値するよ」

さっきまでのギコチナイ空気は、どこへやら。

「今まで、沢山の人に笑われてきたのに、笑わなくていいんですか?」

気がついたら、私の言葉で、彼らと談笑していた。

「大丈夫。今から君を笑う人は誰もいない。
これからは、話したいことがあればいつでも我々に会いにきて、
好きなことを好きなだけ話せばいいから」

不思議なことに、この日以来「三国志が好きで留学した」と言っても
笑われることは本当になくなった。

そればかりか今日に至るまで、リアル、ネット問わず

「そこまで中国の歴史と文化を愛してくれてありがとう、嬉しい」

お礼まで言われるようになったのだ。

奇跡の証は玄子です!

孔明先生への想いを打ち明けてから、
それまで喪失していた記憶を取り戻したかのように
私と道士さんたちは意気投合した。

さらには、この奇跡的な出会いを人生に刻むべく、
彼らは私に「玄子(げんし)」という字(あざな)を授けてくれた。

↑玄子(げんし)の名付け親↑

あれから二十年以上経った今でも
彼らとの交流は続いており、
学ぶことも絶えることがない。

コロナ禍が蔓延する直前まで、
ほぼ毎年、成都へ心の里帰りをして親交を深めながら、
道士さん経由で成都の著名な画家や、書家、詩人、
そして三国志の聖地である武侯祠で働いている大御所など、
ネット上の知識だけの学びでは決して得ることのできない
「人の和」を広めていた。

コロナが落ち着いて、また自由に成都へ行けるようになったら
「人の和」を深めながら広める
「日中友好活動」を再開したいと思う。
孔明先生と共に。

政治と文化は別物!

道士さんが私を他の人に紹介するときは

「諸葛武侯(孔明先生のこと)を尊敬していて、
そのためだけに六年も成都に留学した日本人の玄子」とか
「諸葛武侯の弟子、玄子」と堂々と明確に、
私の存在を孔明先生という
偉大な身元保証人付きでアピールしてくれるので、
その都度、歓声を上げて歓迎された。

「日本と中国は、遣隋使や遣唐使との交流にあるように、
本来とても仲が良かったんだ。政治と文化は別物。
我々は民間人同士、文化交流を楽しもう」と。

生き甲斐とは、まさに
生きた甲斐のある人生を与えてくれる、
奇跡そのものである。