この命、爆発させたい!(3)〜辛い出来事に感謝するほど暇じゃない〜

「豚が豚の世話をしちゃ、おかしいだろ」

これは、二者面談で将来の夢を聞かれ、
小さい頃から描いていた想いを言語化して
「獣医になること」だと正直に答えた結果、
笑いながら担任教師に言われた言葉である。

人間ってなんだろう?

クラスメートにイジメられているのに、
無表情、無感情を貫くことで命と自分自身を保っていたからか、
担任教師も私に対して、何を言ってもいい、
許されるとでも思っていたのだろうか?
思っていたのだろう。

夢を実現できるか否かは別問題として、
それまで大事に抱えていた想いをぶち壊しておきながら、
数日後の通知表には

「獣医を目指すのなら、人間という動物をもっと好きになりましょう」

と堂々と書いてきたくらいだ。

相手の気持ちや想いを一切考えず、
夢を殺し、心を壊す言葉を簡単に吐くのが人間という動物だよ、
と教えてくれた張本人がよくぞ書けたものである。

あれくらいの言葉で傷ついたり、
諦める程度の夢だったら所詮、
その程度でしかないと言われるかも知れないが、
相手が聖職者と言われる立場の大人で、
絶対的な存在だったら、真に受けてしまう十三歳という年齢。

夢を批判されたい、潰されたいと思いながら、
わざわざ目を輝かせて夢を語る人は世界中、
どこにもいない。人類史上いないとさえ思う。

たかが中学一年の二者面談ごときで、
冗談を真に受けてしまっただけかも知れないが、
それ以上に、たかが十三歳の私と、三十八歳の担任による二者面談ごときで、
見た目や人格まで否定される筋合いはない。

四半世紀も年が離れていれば、相手に何を言われようが、
傷つけられようが関係なく、
年上を敬わなければならないとでも言うのだろうか。

そんな人間を師と呼ばなければならないのだろうか。

それでも「師」と言えますか?

ところで。私と孔明先生を引き合わせてくれたのは、
三国志の幕開けから喜怒哀楽を分かち合ってきた劉備(字は玄徳)公だった。

命と鎬を削る乱世にありながら玄徳公は、
居城こそ持たないものの、その仁義と名声は既に天に轟いていた。

その玄徳公が、まだ何の実績もない、晴耕雨読生活を営む無名の、
二十歳も年下の孔明先生を迎え入れるべく、
三度も礼を尽くして山奥にある庵を自ら訪問したのが世に言う「三顧の礼」である。

三顧の礼に感激して出廬した孔明先生が臣下になっても、
玄徳公は昼夜も年齢差も問わず敬意を払い続け、
その水魚の君臣関係は、
一国の客将が一国の皇帝になっても変わることはなかった。

当時、たかが十三歳の私でさえ知っていた「三顧の礼」に見る、
人との接し方。
人生の大先輩にあたる担任教師は、まさか、ご存知なかったのだろうか?

私が師と呼ぶのは、同じ時代、同じ教室に生きながら絶望と失望を与え
「それでも生きる価値はあるのか」と詰問する
自称・人間という生き物なのか。

はたまた、時代も国も違えど、
私に生きる勇気と希望を与えながら
「たった一度きりの人生、人としてどう生きるのか」
を教えてくれる孔明先生なのか。

言わずもがなである。

 

「辛い出来事に感謝」?出来るか!!

 

夢をコテンパに破壊されても、侮辱されても、
身に覚えのない不条理な目に遭わされても、
生きるのをやめなかったのは、あの世で孔明先生に会うため。

あの世へ行く前に、大好きな三国志英雄たちの国へ行きたいがためだけだった。

『三国志』が日本ではなく、中国が舞台だったことは、
当初言葉と現実の壁を感じさせたものの、
生きるための意義はその分だけ、大きかった。

情熱の源泉と私の居場所が机上でも教室でもなく、地球上にあると知った時

「今この生き地獄のような日々だけが、今いるこの環境だけが、全てではない。
死ぬまで一生、この生活が続くわけではない」
と客観的に気づくことができた。

「当時は辛かったかもしれないけど、
人生でそこまで大事にできる宝物に出会えたのだから、
その時の出来事に感謝しないと」

大人になって、九死に一生を得た経験をやっと自己開示できるようになると、

「神様が引き合わせてくれた」とか
「当時の出来事に感謝」とか言われたが、冗談ではない!

神様は、助けてくれない。神様は見ているだけである。

イジメを傍観するだけでも同罪だと言われている昨今。
相手が神様ということで百歩譲って、神様に罪はないとしても功もない。

ましてや、当時の出来事に感謝する気は毛頭ない。

私はそこまでのお人好しにはなれない。

今でも消えることのないイジメ後遺症を与えたクラスメートや
担任に感謝する理由や必要性は、
地球がひっくり返っても発見することは出来ない。

本当に感謝すべき相手とは

私が感謝する相手は、
孔明先生を始めとする三国志の英雄たちと、
彼らの時空を超えた「命と希望を捨てるな」というメッセージを
しっかりと魂で受け止めた私自身である。

辛かった当時を振り返って、
その出来事に感謝するか否かの決定権は
あくまでも当事者に委ねられるものであり、
他人に強要されるものでも、学びを見出すものでもない。

命懸けの日々を生き抜いて、今、ここに、
目の前に生存している本人の存在こそ、
周りが「頑張って生き続けてくれて、ありがとう」と
感謝するに値するのではないだろうか。