この命、爆発させたい!(1)〜生き甲斐とは〜

諸葛孔明先生の私淑弟子・玄子(げんし)です。

私の旧暦の誕生日は、玄徳公の御生誕日の翌日。3月24日。
※日本の旧暦だと23日ですが、中国の旧暦だと24日^^;

旧暦の誕生日を迎えてから迎える今年の西暦の誕生日4月30日。

誕生日記念ということで

私と孔明先生の時空を超えた奇縁を
「生き甲斐」という観点から綴ることにしました。

全7回。旧暦の誕生日から西暦の誕生日までの7日間、
毎日更新します!

よろしくお願いしまぁす!

 

生き甲斐とは?

 

生き甲斐。

私にとってそれはこの命を爆発させずにはいられない唯一無二の「魂にドカン」と来る存在のことである。

社会生活や人間関係、空間、空気を経由した存在ではなく、
人生と情熱を懸けて命を循環させる生命の根源、人生幹。

喜怒哀楽と運命を司どっては、私の体内にある血液の一滴、
細胞の一つ一つに至るまで、
全て、どこをどう切っても、
崩れず、ブレず、揺るがない唯一無二の生き甲斐。

たとえ、どんなに心が傷つけられて血まみれになっても、
心臓を鷲掴みにされても、絶えることも、尽きることもない。

なぜなら、傷や痛みを凌駕する程の情熱が、鼓動と共に無尽蔵に湧き出て来るから。

心の傷の新陳代謝さえ、魂の糧になるから。

たとえ、不条理で偏見に満ちた棘で刺されても、
爆発寸前の炎が疼いては、これこそが生きた甲斐のある人生だと、
棘を呑み込んで情熱の薔薇を咲かせる。

それこそが、生き甲斐。

そして、私を今日まで活かし続けているその生き甲斐と呼べる唯一無二の存在とは
三国志でお馴染み「諸葛孔明先生」である。

穏やかな心で空気を吸って吐きたいだけだった

 

私が孔明先生と出会ったのは、今から三十年以上前、一九九一年の春だった。

当時十三歳、中学一年だった私はクラスメートと担任教師からイジメを受けていた。

ゴミ扱いされる生き地獄の日々の中、
風の前の塵に等しい存在だった私を助けてくれる人はもちろん、
放置しておいてくれる人もいなかった。

生きていることさえ許されない、存在。

誰に何をしたわけでもないのに……いや、何もしないからだろうか。

反撃も泣いたりもしないから、逃げたり、
助けを求めて誰かに相談も出来なかったから、
心休まることのない日々を送る私は、
彼らにとって安心できる標的だったのかもしれない。

イジメられる方が悪い、非があるという前提だからこそ、
止むことのない精神破壊行為は堂々と続けられ、
自分が悪いと思い込まされるからこそ、家族や友達には言えない。

言ったところで不快にさせるだけだから。

何を言っても、何をしても届かない、願い。

ただただ、平穏に生きられたらそれだけでいいのに。

生きていることに罪悪感を抱かずに、
生きていてごめんなさいと思わずに、
穏やかな心で空気を吸って吐きたいだけだったのに。

そんな願いさえ聞きいれてくれず、
悪意を持って次々と生きることを放棄するよう
心ないイベントを仕掛けてくる神様、仏様。

この時の私にとっては、天地人、全てが私を忌み嫌う敵にしか見えなかった。

かといって、勧められるがままに死を選んでも、彼らは後悔はしないだろう。

いっとき、神妙な仮面を被って葬儀に参列したら、
その間、授業がなくなってラッキー、程度にしか思わないのだろう。

運命の人が、同じ時代の人とは限らないー。

そんな悪夢が始まって間もないゴールデンウィーク直前。

祖父母の家に下宿しながら高校に通っている兄が帰省してきた。

両親の元を離れて生活している兄を第一に心配するのは当然のことであり、
そんな状況下で「イジメられている、助けて」と言えるはずはない。

私さえ黙っていれば、心の傷は誰にも分からないのだから、
頑張って作り笑顔で楽しい中学生活を報告すれば、それで済む話である。

どこまで、いつまで耐えられるのか保証も希望もなかったが。

「おかえり〜」

この日も、帰省した兄を笑顔で熱烈歓迎。

兄は列車の中で読むために買った本を部屋に置いて、
両親と一家団欒の時間を楽しんでいたが、
唯一の趣味が読書だった私は

「小説?」

 兄が買ってきた書物の、たった三文字のタイトルに引き寄せられた。

「三国志?」

運命の人が、同じ時代の人とは限らないー。

その文字だらけの本は『三国志』と名乗るその本は、
死の淵に迫りかけていた私の命を動かした。