師せる孔明先生、幾度も私を走らす(19)〜これが私の生きる道〜

奇怪な人と嘲笑されていた日々から敬服へ

あの世で孔明先生が会ってくれるような人間になりたいと、
心底本気で願って成都に留学した私に、
エリートコースを突き進む現地の学生は

「三国志が好きってだけで首都の北京ではなく、
成都に留学するなんて……奇怪な人」

なんの躊躇いも容赦もなく、
面と向かって嘲笑しだが、道士さん達は違った。

孔明先生への想いの丈を熱く語ると

「敬服いたした!」

目を輝かせて私の情熱を受け止めてくれ、
あっという間に意気投合。

三国志の桃園結義に倣って義兄弟となり
「玄子(げんし)」という字あざなと

「今から、君を嘲笑う人はいない。安心しろ」

心強い言葉を授かった。

もしかしたら、この一言は法力か呪文の一つだったのだろうか?
道士さん達と交流するようになってから

「その情熱、羨ましい。応援しているから」

誰一人として私の三国志愛を、
孔明先生への尊敬愛を嘲笑する人はいなくなったのだ。

 

せっかくこの世に生まれてきたのだから

 

何よりも有難いことに、
出会ってから二十年以上経った今でも、
道士さん達との交流は続いている。

もし、留学することなく机上で、
知識として三国志や中国語、中国文化を学んでいたら、
私にとって三国志はいっときのブームで終わっていただろう。

古琴を学ぶ機会もなく、
古琴を通した貴重な縁もなかったのは、言わずもがな。

私の人生は成都での六年間、
特に道士さん達と知り合ってからの学びが基盤となっている、
といっても過言ではない。

彼らには多くの貴重な学びを得たが、
その中でも一番心に残っているのは

「せっかくこの世に生まれてきたのだから、
たった一つの好きなことをトコトン追求して、修養にしろ!」

日本にいては決して言われることのない、
自由な大空を感じさせる一言だった。

コスパが重要視され、ビジネス化されないもの、
生産性のないものは蔑ろにされがちな昨今だが、

大事なものこそ丁寧にゆっくり温めることで、
お金に換算できない、
かけがえのないものになるのではないだろうか。

言うまでなく、
目には見えない大事なものを与え、
気付かせ、学ばせてくれる成都は、
私の心の故郷となった。