師せる孔明先生、幾度も私を走らす(18)〜留学が過去の遺物にはならないワケ〜

留学は過去の遺物なのか?

初めて成都へ行ったのが旅行ではなく、
生活目的だったので、
ある意味、大きな賭けだった。

知識も人脈も、ネットを駆使するだけで入手できる今の時代。
わざわざ高いお金を払ってまで
異国の地で辛酸を舐めながら生活をしなくても、
日本国内でも中国語は学べるし、
何よりも安全であるとの観点から、
海外留学は過去の遺物だと主張する声もある。

だが、本当に好きなことは、
どんなにネットを使っても満たされるものではない。

現地で偶然、突発的に起きる出来事は、
日本では有り得ない、想定外のことが多く、
だからこそ、
日本にいては到底縁のない、
住む世界が違う人とも交流できるのが留学の醍醐味である。

 

留学する意義と醍醐味

例えば、孔明先生への尊敬愛だけで留学した私は
中国が誇る四大文化「琴棋書画」の一つである
“古琴”という伝統楽器と出会った。

三国志「空城の計」の名場面でお馴染みの楽器だ。

古琴は三国志の時代、
孔明先生を始めとする文化人は修養の一つとして、
常識レベルで奏でていた楽器だった。

歴史の様々な暴風雨に耐え、
今でもその楽器が健在し、
蜀の都で学べる環境は奇跡だと思った。

古琴を4年間、学び続けられたワケ

孔明先生が愛した楽器の音色を、
時空を超えて自分の五感で体感したい、
孔明先生に少しでもお近づきになりたいという一心だけで、
あの世で孔明先生に謁見する日に向け、
蜀を代表する琴師に師事した。

案の定、稽古はとても厳しく、
途中で辞めていく中国の学生が多かったが、
私は古琴を嫌いになったり、
辞めたいと思ったことは一度もなかった。

厳しさを理由に辞めたら、
孔明先生に会う資格はないと思った。

師匠は厳(いかめ)しい人だったが、
決して他の人と比べることなく、
あくまでも私自身の成長を比較していたので、
四年間続けることができたのだと思う。

後に師匠は

「厳しくし過ぎたと思うくらい、
厳しく教えてしまったが、
それは上手くなって欲しかったから。

中国の学生でさえ次々と辞めていくのに、
どんなに厳しくしても辞めなかったあの精神力には、感服する」

密かに兄弟子に漏らしたという。

古琴そのものの魅力もさることながら、
古琴が運んでくる縁は、次元が違った。

兄弟子である道士さんや、
道教文化との縁は古琴と孔明先生のお導きの賜物だった。

古琴が、、、
孔明先生が導いてくれた
道士さんたちとのご縁とは?>>>