師せる孔明先生、幾度も私を走らす(13)〜それ、生きているって言えるの?〜

社会問題を人質にする大人たち

高校三年の秋には留学が決まっていたので残り半年、
高校生活を満喫出来るはずだったが
この時期が高校生活の中で、一番疲れた。

と言うのも、大都市であれば中国への留学くらい、
普通の選択肢なのだろうが、
秋田では、秋田県内から出ること自体、
非国民的な見方をされていた。

少子化とか高齢化とか社会問題を人質にとっては、
秋田から羽ばたこうとする若者を批難する傾向にあった当時。

基本的に県外に出ることを快く思ってくれない人が多く、
私の父もそのうちの一人だった。

だが、誰の人生なのだろう。

これは三国志の影響かも知れないが、私は高校生ながらに思った。

自分の人生を自分で切り拓かずに、生きていると云えるのか?

 

「最初は夢があっていいと思ったけど、
よくよく考えれば、現実的にあり得ない」

父の言う現実とは、世間体だった。

世間体に沿った道を歩くことだけが正しい現実だと言って譲らなかった。

一度は留学を承諾したものの、
知人や友人に私の奇行を許すのは父親として如何なものかと言われたようで、
日本社会に生きる先輩としての価値観を押し付けてきた。

 

前進あるのみ!

だが、私にとっては他人の意見や選択肢はどうでも良かった。
そんなことより、秋田どころか日本で、
私にどっぷり三国志文化と中国語を学ばせてくれる環境はないのが現実だった。

同時に、三国志の国へ行けば、
三国志文化と中国語にどっぷり浸かれるというのもまた紛れもない現実だった。

この時点で既に、私と三国志英雄達がどうやったら人生を共にできるか?
が最大の焦点となっていたので、世間体なんかに左右されている場合ではなかった。

だからこそ、父が何を言っても留学を撤回する気は無かったし、
もうすでに決まったことなのに、今更他の選択肢なんて存在しなかった。

前進あるのみ。