師せる孔明先生、幾度も私を走らす(3)〜生まれた時代は違えど〜

誰ひとりとして助けてくれなかった生き地獄から、
私の人生と命を救うべく助け船を出してくれたのは一冊の本だった。

人生の本(もと)

仮にドラマや漫画、ゲームから三国志の世界に入っていたら、
想像を超えた時空力が文字に宿ることはなく、
私の魂と共鳴することもなかっただろう。

当時、クラスメートや担任教師からイジメを受けていた私が
人間不信に陥ることなく、
生き地獄の日々に耐えて生きる道を選び、
人生の可能性と人の和を広げられたのは偏に
三国志の英雄達のおかげである。

生まれた時代も国も違えど、
私の心と心臓を動かし続けてくれたのは、
三国志の英雄達に他ならない。

今から千八百年前の中国。

自分だけ助かれば、おいしい思いが出来れば、
他の人はどうなってもいい、
と思ってしまうような人が権力を握っていた時代。

お金さえ払えば官位を買えた時代。

弱い方が悪い! 弱肉強食な時代。

異を唱えたくても、そんなことしてもどうにもならないから、
長いものに巻かれて安全を確保する時代。

それは、イジメを見ても見ぬふり。
イジメられる方が悪い。
一緒にイジメに加わった方が安全だからと
私をゴミ扱いする教室内の環境にどこか似ていた。

そんな状況下にいたら「これが普通だ」と思い込まされ、
抗うことも、生きる勇気も失ってしまう。

だが、三国志の英雄達は、違った。

彼らだけは、違った。

そんなのが普通だからと言って、
口先だけで綺麗事を並べて何もしないのか。

目の前で苦しんでいる人がいるのに、
何で立ち上がらないんだ?

弱い人たちを誰が守るんだ!

こうなったら自分たちが、天下万民のために立ち上がろう!
と意気投合し、運命をも共にする
桃園結義から始まる三国志の世界。

当初、私は後世の人間として彼らを応援していたが、
知らず知らずのうちに、彼らの世界に巻き込まれ、
同じ一人の人間として感情を共にするようになっていた。

彼らとは生きている時代も国も違うけど、
共感出来ることが沢山あった。

今、目の前にいる人たちより大事な人たち

三国志の英雄達の生き方に魅了されればされるほど、
言葉も心も通じないクラスメートや担任教師だけが
全ての人間を代表しているわけではない、と思えるようになった。

この中から友達を無理に探さなくてもいい!
分かり合えなくてもいい!

本当の友達と呼べる人にはこれから先、きっと出会える!
何よりも今は、目の前にいるクラスメートよりも、
心の中にいる三国志の英雄達と絆を深めたい、
と思うようになっていた。

こうして、十三歳だった私は、
タイムマシンを使わずに三国志の世界に行ったまま、
今日まで、還らぬ人となったのだった。

だが、三国志の世界へ行って間もなく
私に突きつけられた現実は
時空を超えるよりも高い壁だった。

その現実の壁とは?

次回へ続く>>>