師せる孔明先生、幾度も私を走らす(1)〜出会いは突然、再会になる〜

玄子(げんし)です。

孔明先生と時空を超えて中国文化を楽しむ
諸葛丞相私淑LOVEの旗揚げは延期となりましたが
私がどんな人間なのか?
孔明先生とどんな風に生きているのか?
知っていただきたく思い

今日から私と孔明先生の物語をお届けします。

「嗚呼、何ということだ!」

西暦二三四年葉月。中国・五丈原にて。

「諸葛孔明、敵ながら実に見事な人物だった。まさに天下の奇才なり!」

魏の総帥である司馬懿は、空を仰ぎながら感嘆を漏らすと、
死しても尚、全軍を無事に帰陣させた
蜀漢の丞相・諸葛孔明に敬服し

「半旗を掲げよ」

追撃ではなく、追悼の意を示した。

ー死せる孔明、生ける仲達走らす

五丈原に巨星が散ってから、どれくらいの星が流れたのだろう。

彼らが命を懸けて戦った日々は、文字となり、歴史を刻んだ書物となった。

だが、彼らの魅力は、あの広大な大地を有する中国大陸をもってしても収まるものではなかった。

後世の人々に愛され続けた英雄達は、
書物に身を潜め、時代と国境を超える船に乗りこみ、
遣唐使によって日本に上陸した。

その本の名はー

「三国志?」

出会いは突然、再会になる。

当時十三歳だった私は読書、という有り触れた趣味以外、
これと言って好きなことも特になかった。

特技は本当に何もなく、成績も見た目もパッとしない。

それなのに、イジメの標的にされ無駄に目立っていた。

生きることも、死ぬことも許されない日々。

天地人、だけではなく神仏さえも敵となっては
「みんな仲良く」「命を大切に」詭弁の刃を私の首筋に当てるだけ。

頼れる人も、心の支えとなる人もいない、
十三年間の何もない人生だけが全て。

耐えても、耐えても、誰も助けてくれない現実。
助けを求めたくても、届かない、声。

家庭で教えてくれないことを教えてくれるのが学校だというのなら、
当時の同級生と担任教師は、人間の陰険さや腹黒さ、
平気で人を傷つける言動がまかり通る理不尽さを教えてくれたので、
充分に学校としての責務を果たしたと言えるのかもしれない。

そんなある日、運命の出会いは突然、あっさりとやってきた。

その出会いこそがー

人生を変える大きな衝撃だった。

本の扉を開いただけで
ページを捲るよりも早く
瞬時にして私の人生への扉が開いた瞬間だった。

三國演義を読んだ私の身に突如襲いかかった
生涯、たった一度だけの出来事とは?

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