「誰やるの?」「あなたでしょ!」

三国志作家の玄子(げんし)です。

「いつやるの?」「今でしょ」に行く前に!
自分自身のことなのに、自分で決断できない人、いませんか?

誰やるの?あなたでしょ!

例えば、資格試験。
「受けようと思っているんだけど、どう思う?」
って聞かれても、受けるのは誰?って話です。

受験したいのか、無理なのか、それくらい自分で考えるべき。
他の人が「受けた方がいいよ」って言ったら自信がなくても
「あの人が受けろと言ったから」って理由だけで受験するのでしょうか?

「まだ無理なんじゃない?」って言われたら
「無理って言われたからやめる」ってやめるのでしょうか?

どっちにしても自分のことなのに、自分で決めていないですよね。
誰かの決断のせいにしているだけ。

これが高校受験や大学受験だったら?

人生を決める決断なのに、人任せ。
失敗したら誰かのせいにしてしまう恐れも、、、。

 

孔明先生の文霊

何でもかんでも人の判断に委ねていては
そのうち、自分自身の決断に自信が持てなくなってしまい
些細な問題さえ大ごとにして、自力で解決できなくなってしまう

人のせいにしない生き方

ここで言う「人のせい」とは因果関係ではなく、決断する時の元締めです。

あの人が言ったからやった、言われたからやめた、その結果上手くいかなかった、だからあの人が悪い、あの人のせいだ。

って言うのが所謂、人のせいにする生き方。

自分の人生の対して無責任でも、本人がいいなら、い〜じゃん!って声もあるかもしれませんが、「せい」にされた方は堪ったもんじゃありません!

自分自身の決断は、人任せではいけません。

仮に「人のせいにしてもいい!」って言われてそのまま鵜呑みにして失敗しても、「人のせいにしていいんだよ」って言った人は責任を取ってくれません。

「あなたが自分で決めたことでしょ。私のせいじゃないわ」って言われて終わりです。本当のことだし。

と言うか、人のせいにして何が悪い!だってあの人/社会/政治/国/親/友達/のせいだもん!
って誰かや環境のせいにしている人と一緒にいたいかどうか?関わりたいかどうか?

それを考えるだけでも、人のせいにすることがどう言うことなのか実感できるはず。

もし劉禅陛下に「蜀が滅んだのは朕のせいじゃないもん。宦官がそうしろって言っただけだもん」
と言われて「そうだね。宦官にたぶらかされただけだもんね。陛下は悪くないよ」
って言えますか?私は無理です(^_^;)

三国志的に決断してみよう!

いろんな人の意見を聞くことはとても大切です。

でも、決断するのはあくまでも自分自身。

なので決断するときは、三国志の軍師様になった気分で上策、中策、下策を心に用意するのもまた宜しいかと。

一つの決断によって考えられる結果と、それにどうやって対応するか?

これぞ、結果三分の計!?

是非とも、自らの判断で国(自分自身)を治めてくださいませ〜。